そのイエローマジックオーケストラのことを少し…
最初に知ったのは、当時隔週で発売されてたエフエムレコパルという音楽雑誌。
これは各地方エフエム曲の2週間分のオンエア予定内容を一気に掲載してあるもので、
レコードが高くて思うように買えなかった自分は、10本いくらのバッタもんのカセットを買ってきて、ラジカセをそばにおき、番組表を片っ端からチェックしてマーカーをいれていくのが日課になっていました。そのなかで、最近東京で盛り上がっているバンド「イエローマジックオーケストラ」なんでもテクノポップといういま世界的に流行りのスタイルの先駆けで、もうヨーロッパとかアメリカでの評価がむちゃ高いスゴイバンドらしい…。という記事を読みました。
そうこうしていると、エフエムのリクエスト番組で
「では次の曲は、イエローマジックオーケストラで、ライディーンをどうぞ」
という声ともに
「♪チッチキチッチキチッチキ…」と、シンセドラムのハイハット音がなりはじめ
8小節後にはいきなりサビアタマで劇的なシンセリードが始まり、曲が流れ出します。
「うわー!これがイエローマジックオーケストラかー!カッコいい♪」
一発で気に入り、俄然興味が湧いてきてさらにいろいろ調べはじめました。
エフエム誌で彼らの曲がかかる番組はなるべくチェックし、聞き逃さないようにしつつテープにしっかり録音し、学校から帰るとかならず何度も繰り返して聴いていました。
おかげで、特集ものの番組の場合、インタビューの内容やセリフも憶えてしまうほどでした。
この番組のなかで、細野晴臣さんははっぴぃえんどというバンドをやっていたこととか、
高橋ユキヒロさんがサディスティックミカバンドの一員であったこと、
坂本龍一さんが東京芸大出のエリートで、印象派の作品を好んでおられた時期があること、
いろんなことを吸収し、こんどはそれを追っかけるようになりました。
高橋ユキヒロさんの場合、菜箸を使った自己流ドラム練習(?)は、ずっと続けていましたし、
細野さんのマネの場合、オルガンでシンセベースのパートを弾くことを始めました。
また坂本龍一さんの場合、買ってきたバンドスコアをひとつひとつ見ながら、音符を鍵盤で押える練習を始めました。それと、彼らが使っていた機材(シンセサイザー)のことをとにかく調べ上げ、そっち方面にだいぶ詳しくなりました。
そのライディーンと言う曲はそれからほとんど毎日、飽きもせずなんどでも聴きました。
聴くたびにゾクゾクワナワナとし、みぞおちがワクワクする感じでした。
とある日、土曜の夜の全員集合のあと「Gメン75」を見ているとき、
なんか聞き覚えのあるシンセとドラムの音色で、どことなく沖縄風なかけ声や口笛のリフが聴こえてきました。ドラマのバックBGで使われてたのですが、その日はたまたまイエローマジックオーケストラの曲だったというわけです。ゾクゾクウキウキがたまらなくなった僕は、その音色やフレーズをしっかり憶えておくことにしました。
0 件のコメント:
コメントを投稿